search

Serch

ホームkeyboard_arrow_rightすべての記事繋がり・居場所を感じるkeyboard_arrow_right

非効率こそが人間関係の全てだと思う

非効率こそが人間関係の全てだと思う

繋がり・居場所を感じる

公開日:

2026/11/2

非効率こそが人間関係の全てだと思う

私は以前、ドラム教室に1年間通っていました。初めは2週間に1回のレッスンでしたが、徐々に通う回数が減っていきます。後半は2ヶ月に1回行くか行かないか。そのうち教室から、「レッスンに来られてないので、解約したほうがいいかと思います。こちら解約の手続きを進めますね。」というメールが届きました。

それで終わりだと思っていました。その後に届いたのが、先生からの手紙です。これまで通ってくれたお礼と、再開するなら通いやすい場所でやっているので気軽に連絡を、という内容。電話番号が書いてありました。正直びっくりしました。半分ばっくれたというか、飛んだような感じだったので、連絡が来るなんて思っていませんでした。

今回は、この手紙の話から始めて、人間関係と「非効率」の話をしたいと思います。先に言ってしまうと、私は、人間関係にとって非効率こそが全てだと思っています。嬉しいのは、自分のために考えて、時間を使って、動いてくれたこと。そして、誰かのために手間をかける時間は、やっている自分のほうも幸せにしてくれる。そんな話です。

返せなかった手紙

冒頭のドラム教室の話です。相手は商売なので、営業目的もあったと思います。でも、直筆の手紙を郵送で送ってくれるなんて全く思っていなかったので、びっくりしたと同時に嬉しかったです。ただ、私はこの手紙に、返事を書いていません。

何か返そうと思っていたのですが、タイミングを失って「まあいいや」となりました。別に通い直す気もなかったので、返信はしませんでした。こちらからお礼の連絡ひとつ、できませんでした。

もう8年くらい前の話です。でも、今でも思い出します。決して嫌な気持ちにはなりませんでした。むしろ、申し訳ないなと今も思っています。こちらからもお礼の連絡をしておけばよかったなと。

カードを書いている時間が幸せだった

受け取る側の話をしましたが、書く側になったこともあります。自分の誕生日会を開いたときのことです。参加してくれる仲間ひとりひとりに、感謝のメッセージカードを書こうと決めていました。決めてはいたのですが、なんやかんや忙しいと言い訳をつけて、書いたのは当日。誕生日会の会場近くのカフェで、名札を作りつつメッセージカードを書きました。ひとり一人の顔を思い浮かべながら。

そんなすごい感動的なメッセージを書けたわけではありません。短い時間で、簡単な1枚のメッセージカードに、相手への思いを手書きで書く。それだけです。でも、このメッセージカードを書いている瞬間は、とても幸せでした。相手のことを思って手紙を書く。その間、相手のことをすごく考えますよね。何よりも、その人への感謝の気持ちがどんどん出てくるんです。ありがとうって。これはすごく素敵な経験だったと、今も思っています。

ここちで企画したイベント「ありがとうタワーのアワー」でも、参加者のみなさんと一緒に、身近な人へのありがとうを小さな手紙に直筆で書きました。その場で手紙を渡し合って、受け取った人が笑顔になる瞬間があちこちで生まれていました。

逆の立場で思い返しても、同じです。つたない文章でも、手書きで「おめでとう」と書いてくれたり、ちょっとした可愛い手書きのイラストを添えてくれたり。それは本当に嬉しいことです。

手間をかけたところが同じだった

先生の手紙と、誕生日会のカード。当時の私は、この2つをつなげて考えてはいませんでした。正直、今もつながっているという感じはありません。ただ、今振り返ると、同じところがひとつあります。手間をかけたところです。便箋とか実際のカードを用意して、ペンを用意して、自らの手を動かして、ちゃんとした机も用意しないと書けません。電車の中では書けないですよね。

そして、それを郵送したり、実際に手渡ししたり、その人の元へ物理的に届けないといけない。その手間をかけるところが一緒なんです。

ドラムの先生は、メールで済ませることもできたのに、直筆の手紙を書いて、郵送してくれました。私が嬉しかったのは、手紙の文面というより、そこだったんだと思います。誕生日会のときは、22人分のカードを一枚ずつ書きました。あのときの幸せも、同じところから来ていた気がします。

効率で考えれば、どれも無駄なことばかりです。でも、その無駄のところに、気持ちが乗っている。私はそう感じています。

手紙じゃなくてもいい

手紙は、手段のひとつです。言葉を送ることでなくてもいい。電話で済ませられることを、わざわざ時間と交通費をかけて会いにいって伝える。動画でメッセージを送る。プレゼントを選ぶ。お土産、誕生日のeギフト。形は何でもいいと思っています。時間とかお金とか労力とか、そういうのをかけてでも相手へ気持ちを届けたい、喜んでほしい、その思いが大切なんだと思います。

上手にやる必要もないと思います。私のカードは感動的なメッセージではなかったし、先生の手紙も、営業の意味合いがあったのかもしれない。それでも、相手のために時間を使った、ということだけは残ります。

見返りは求めない

手間をかけても、相手から何も返ってこなかったら虚しくない?そう思いますよね。私もそう思います。ただ、私は返さなかった側でした。先生の手紙に、お礼ひとつ返していない。でも、その手紙は8年経っても私の中に残っています。返事がなくても、届いていないわけじゃない。正直、手紙をくれた人のことは忘れないと思います。

見返りを求めても、多分見返りは来ません。そして、期待したことをされないから、苦しくなってしまう。見返りがなくても、もう幸せなんですから。そこに期待しないから、見返りも自然とやってくる。これがすごく好循環なんです。

カードを書いている時間が、もう幸せでした。相手が何を返してくれるかは分からない。それでも、その時間だけで十分だと私は思っています。「この人の誕生日をお祝いするメッセージをつくって」とAIに言えば、それっぽくて違和感のない文章が簡単につくれます。でも、それが嬉しいかと言われたら、嬉しくないですよね。

今は簡単にAIで文章を作れる時代です。なんなら自動返信でも、それなりにわからないレベルでやりとりができます。でも、それで本当に人の心が動くでしょうか。

あなたの気持ち、それをまっすぐ自分の信じた道で、たとえ無駄だとか非効率とか、そんなでもいいじゃない。その気持ちこそ、その無駄こそ、良質な人間関係をつくる最短ルートだと思うから。

keyboard_arrow_leftARTICLES
LINEボタン

Recommend
関連記事

keyboard_arrow_up