水泳は最強の日常デトックス
体を整える
公開日:


仕事をして、ご飯を食べて、遊んで、寝る。毎日、私たちはただ生きています。私はこの毎日を、惰性で生きていると感じることがあります。朝起きて、仕事に行って、帰ってきたらなんとなくスマホを眺めて、気づけば寝る時間。そんな一日を、なんとなく繰り返していないでしょうか。
そんな私が、「あー、俺、生きてるなー」と感じられる時間がひとつだけあります。水泳です。ただの運動というだけではなくて、なんというか、生をすごく感じるのです。泳いでいると、必死で生きなきゃ、みたいな感覚にすごくなります。
毎日は惰性で過ぎていく。でも、必死にならざるを得ない時間があると、「生きてるな」と感じられる。私の場合、それが水泳でした。
今回は、泳ぎが得意ではない私が、プールで生を感じるようになった話を書きます。

25mがやっとだった

私はもともと、水泳が得意ではありません。ちゃんと泳いだのは、中学校の体育のプールの授業が最後です。30歳を過ぎてから、トライアスロンに挑戦するために泳ぎの練習を始めました。当時は、25m泳ぐのがやっとでした。
なぜそんな私が、トライアスロンに挑戦することになったのか。これまでやったことのないことを、やりたいと思ったからです。普通だったらやらない、でっかいことをしたい。それで選んだのが、たまたまトライアスロンだったというだけです。
友人に「トライアスロンに出る」と言って、大会にエントリーして、友人も巻き込んでしまいました。そうなると、水泳の練習をやらざるを得ない環境になります。だって、泳げないと完走できませんから。命の危険もあります。エントリーしてしまったら、もう後には引けません。
多少練習したので、何度も休憩しながらですが、頑張ればトライアスロンのオリンピックディスタンス(スイムは1500m)を完走できるくらいにはなりました。それでも、今でもそんなに泳げる方ではありません。
ずっとやめたいと思いながら泳いでいる

今も、水泳の練習はたまにしています。そして、毎回こう思います。スタート直後はいいのです。「あー、気持ちいいー」と。だけど、25mを過ぎたあたりから、呼吸が苦しくなってきます。「まじか」と。練習を始めた直後はもっと苦しかったので、多少は楽になりました。でも、今でも全然苦しいです。
50m、100m、150m。もうずっと、やめたいと思っています。地上にあがって、寝転がって休憩したい。そんなふうに思いながら、「もう50mだけ頑張ろう」と思って、なんとか目の前にあるプールサイドの壁を目指して泳ぎます。ちょくちょく休憩して、息を整えながら泳いでいます。
プールの中にスマホは持ち込めません。陸の上なら、少し疲れたらスマホを開いて、気をそらすことができます。水の中では、それができません。仕事のメールも、SNSの通知も、水の中には届きません。私にとっては、これが一番の日常デトックスです。それでも、いろんな雑念がわいてくることは多いです。でも、必死に身体を動かして、息継ぎをして、はーはーと呼吸が苦しくなりながら、なんとか前へ進む。そこで、生を感じます。
泳ぎきったあとに、生きてるなと思う

生きてるなと思うのは、そうして泳ぎきったあとの瞬間です。息はまだ、はーはーと上がったまま。「あー、俺、生きてるなー」。仕事をして、ご飯を食べて、遊んで、寝る。その毎日の中では、なかなか出てこない感覚です。
泳ぎながら、これは水泳じゃないと味わえないんじゃないかな、と思いました。ただ、今振り返ると、少し違う見方もできる気がしています。私が生を感じられたのは、水泳だったからというより、泳ぎが得意ではなかったからではないか。慣れていない新しいことだから、必死にならざるを得なかったのではないか。
得意ではないから、必死になる。だから、水泳でなくてもいいのだと、今は思っています。
わざわざ苦しいことなんて
疲れているのに、わざわざ苦しいことなんてしたくない。そう思いますよね。私もそう思います。泳いでいる間、私はずっとやめたいと思っています。苦しさは、今も消えていません。
トライアスロンなんて、すごい人の話でしょ。そう思う方もいると思います。私も最初はそう思っていました。だって、水泳は苦手な部類でしたから。トライアスロンなんて、泳ぎきれる気がしませんでした。
でも、別にタイムを競っているわけではありません。途中で何度も休憩してもいいので、泳ぎきれたらいい。そう思えば、「できるんじゃね」と思えたのです。
何でもいいと思う

別に、水泳をしろということが言いたいのではありません。あくまで、ひとつの方法です。私の場合は、友人に言ってしまって、エントリーしてしまって、泳がざるを得なくなった。きっかけは、本当にそんなものでした。
新しいことは、最初はたいてい上手くできません。私も25mがやっとでした。でも、だからこそ必死になれる時間が生まれるのだと思います。
惰性で過ぎていく毎日の中に、必死にならざるを得ない時間がひとつある。私にとってそれが、「生きてるな」と感じられる時間でした。たまたま水泳だっただけです。
ランニングでもお散歩でも、将棋でも麻雀でも読書でも、本当に何でもいいと思います。ひとつ、新しいことをちょっとやってみようかなと思ってもらえたら嬉しいです。







